進化し続けている現代の【トイレ】の歴史について

こんにちは!営業事務の渡辺です。3月21日、まさかの雪が降りました。このところの激しい天候の変化で、体調不良に悩まされておられる方、多いのではないでしょうか。また、今年は花粉の量も半端でないくらい多く花粉症の方の苦しみは私を含め、本当にお気の毒としか申し上げられません。それでは今回のコラムは誰もが毎日お世話になつている”トイレ”についてコラムします。

進化し続けるトイレ

”トイレ”の日

11月10日は「トイレの日」で、「11(いい)10(ト)イレ」ということだそうです。1986年(昭和61年)の32年前に制定されたようです。トイレは”用を足すだけ”の場所になりがちですが毎日の暮らしの中で使用頻度がとても高いスペースです。今回はそのトイレについていろいろと調べてみたいと思います。

”トイレ”の歴史

トイレは縄文時代前期に福井県の鳥浜貝塚から、古代のトイレ跡が発見され、それは川岸に杭を打ち板を渡した桟橋のようなトイレで自然の浄化作用に任せるトイレだったようです。古墳時代頃になると敵から身を守る為、集落の周りに作られた堀をトイレに使用するようになり、平安時代になると、こうした「野外トイレ」と違う当時の貴族が愛用した「樋箱(ひばこ)」=「おまる」で木でできた箱の底に砂が敷かれているトイレになり、用を足し終わると砂ごと捨てていたようです。その後、トイレは農業の発展により重要な役割を担うようになっていきます。鎌倉時代になると、汲み取り式のトイレが登場し、その背景には鎌倉幕府が米と麦の二毛作を推奨したことがあり、農地が痩せない為の工夫により汲み取り式トイレを整備し、そこで蓄えた栄養分を土地に与え肥料として利用するようになりました。鎌倉時代から戦国時代にかけては家の外や軒下にあったトイレを家の中に設ける「厠(かわや)」が登場し特に武家屋敷では外にトイレがあると敵にいつ襲われるかわからないという保安上の問題があったと考えられます。江戸時代には汲み取り式トイレは更に普及し江戸の町では近郷の農家による野菜と肥料の物々交換が始まり、やがて江戸の肥料は有料で取引される様になり河川を利用して関東各地へ運ばれる様になりこれまで捨てていたものが、商品として流通され農業の生産性が高まる構造が確立しました。明治時代になると欧米文化の浸透により洋風建築がとり入れられ、「腰掛けるトイレ」=「様式トイレ」が登場します。しかし当時の日本のトイレはほとんどがまだ和式トイレで国産の様式トイレは富裕層の洋館等に設置された程度で一般家庭等には普及せず明治期まではほとんどは汲み取り式でした。明治中期には「水洗式」の便器が輸入されましたが、普及せず、水洗トイレが普及するには下水道等の整備が必要で、整備が本格的にスタートするのは関東大震災後のことでした。。そして昭和になって急速に下水道や浄化槽の整備が進み昭和30年代から水洗トイレが普及し昭和34年に日本住宅公団が「様式の水洗トイレ」を採用してから、徐々に一般家庭へ普及していきました。こうして日本のトイレは、1万年を超える歴史の中で進化をし続けてきましたが、その進化は近年ますます速くなっています。現在では一般家庭での普及率が80%を超えている「温水洗浄便座」があげられますがこれはもともとアメリカで医療用として開発され、それを日本の企業が輸入・販売し、さらに日本独特の開発をし、海外であまり見られない先進的な現在のような製品になったのだそうです。

進化はし続けるトイレ

”トイレの神様”

ヒット曲にも有りましたがトイレには本当に神様がいるそうです。「烏芻沙摩明王(うすさまみょうおう)」という、財運をアップしてくれる神様。ご利益はそれだけではなく、婦人科疾患の病気から女性を守ってくれたり子宝を授け安産へ導いてくれるなど、女性に嬉しい功徳を多く与えてくださるとのこと。神様がいるトイレだからこそ女性はトイレを特に綺麗で清潔にしておきたいものですね。それから、風水の考え方では、運気を上げたいならまずはトイレから!「良い気」は玄関から入ってトイレから出ていくとされているそうです。トイレは不浄の場所とされトイレが汚いと邪気も溜まりやすくなってしまうそうです。

進化はし続けるトイレ

”トイレ”は一人でいることができる空間

「トイレ」=唯一、一人になってリラックスできる空間で誰にも気兼ねなく居心地が良い場所であり、一人になりたい時、考え事をしたい時、十人十色でそれぞれの楽しみ方や活用のできる魅力的な空間なのかもしれません。皆さんにとっての「トイレ」というき空間はどのような場所になっていますでしょうか。次回は”トイレ”をリフォームする前に知っておきたい現代の最新の”トイレ”についてをコラムしたいと思います。